アスペン精神とは?

研究所について

アスペン精神とは?

米国アスペン研究所や日本アスペン研究所の設立には、設立にかかわった人々が抱いた「アスペン精神」とも呼ぶべき共通する思想が流れています。 その思想を改めて振り返ると、以下の三つに集約されると考えています。

「よく生きる」
瑣末化を超えること。
「よいリーダーシップ」
明確な価値観に裏付けられた 実践、そして深考。
「よい社会」
“対話の文明”の構築。
三つのアスペン精神

ロバート・ハッチンス『対話の文明を求めて』

「アスペン精神」を色濃く反映した、研究所設立にかかわる二つの文章をご紹介します。
ひとつは、1949年にシカゴ大学ロバート・ハッチンス総長が「ゲーテ生誕200年祭」で行った講演『対話の文明を求めて』です。これがきっかけとなり、米国アスペン研究所が設立されました。「ゲーテ生誕200年祭」は、第二次世界大戦後の新たな緊張をはらんだ国際関係のなか、商業主義、効率主義の弊害に直面する米国の有志が、人間性溢れるゲーテの生き方を手本に新しい世界のあり方を模索すべく、世界中の知性を集めて開催したものです。

“われわれの時代の特徴のうち、最も予期せざるものは、
人の生き方において、あまねく瑣末化が行きわたっていることである。”

ハッチンスの講演は、この言葉で始まりました。
いたるところで「専門分化」が進み、自分が身を置く 専門分野以外への関心を失い、他分野の人とは対話すら成り立たない、分断化していく社会を憂えた言葉です。
彼はさらに、各分野での知的リーダーたる専門家自体が、 無教養であったり、専門外の事柄に無知であるにもかかわらず、組織や社会全体の意思決定に関わっていく脅威を語ります。
そして、相互の尊敬と理解を前提とした「対話の文明」の 構築を訴え、そのための共通の絆として「信頼」を掲げました。

Robert Maynard Hutchins写真

Robert Maynard Hutchins University of Chicago Photographic Archive, [apf1-05034], Special Collections Research Center, University of Chicago Library

小林陽太郎『今、何故、アスペンか』

もうひとつの源流が、日本アスペン研究所の設立に奔走した初代会長、理事長の小林陽太郎・富士ゼロックス会長(当時)による『今、何故、アスペンか』(1998年_巻頭言としてテキストに収録)です。

小林はまず、当時の政治・経済の混迷や不祥事を念頭に、それらの問題が「日本人の精神的拠りどころの脆弱さ」、さらには「戦後教育でリベラルアーツが欠落したこと」に起因していると喝破します。そして、ハッチンスが指摘した「瑣末化」が、日本においても深刻であることを指摘します。 そのうえで自身が参加した米国アスペン・セミナーでの衝撃的体験を語り、日本においても同様の試みを導入し、日本人の思考を「明確な価値観と目的意識に裏付けられた、より大きく、より豊かなもの」へと脱皮させる必要性を訴えます。 そして最後に、アスペン・セミナーの意義を以下のように述べています。

“たえず「何のため」という原点に立ちかえり、透徹した洞察力とトータルな 視点をもって、獲得した技術知を真に人間的な知に高めるための方途を 探りつづけねばならないであろう。
遠く、また深く原典や古典に思索の糧を求め、視野を大きく世界に拡げつつ、 現実を直視する勇気と謙虚さを、その思索と結びつけ、自らの判断と行動、 そして思想の支柱に磨きをかける。”

小林陽太郎写真

ご紹介した二人のメッセージを含め、「アスペン精神」を支える言葉を動画にまとめました。 こうした問題意識を踏まえ、教養豊かなリーダーを育成するため、1951年に米国アスペン研究所にて「エグゼクティブ・セミナー」がスタートし、日本でも1998年に同セミナーがスタートしました。