教養教育はじわじわと効いてくる
古典を読むことは、深く考えること
教養ということで言うならば、私が一番勉強になったと思うのは、小林陽太郎さんの発案で1991年から開かれているキャンプ・ニドムです。これはアスペン・セミナーの前身のようなもので、企業経営者が集まり、セミナーと同じように古典を読み込んで対話し、教養を深め、世界で評価される価値観を模索しようという主旨で始まったものです。
なぜ勉強になったかと言うと、古典を読むことはものを考えるきっかけになるからです。古典は難しいから読むには時間がかかる。時間をかけて読むとは考えながら読むことです。だから理解が深まる。
それに気づいたのはアメリカに留学したときでした。学校では毎日100ページほどの英語のテキストを読む宿題が出るので、一週間で700ページ、本2冊分を読まなくてはなりません。そのテキストをアメリカ人は私の2倍ぐらいの速さで読む。しかも彼らは試験前に最初からもう一度読み返す余裕がある。私にはそんな時間はないので、最初に赤線を引きながら読み、読んだ後に何が書いてあるかをノートに書きとめておきました。試験の前に、その赤線を引いたところだけ読めばいいようにしたわけです。
目的は何であれ、テキストをゆっくり時間をかけて、考えながら、理解しながら読むことの有効性を、そのとき学んだ気がします。
経営の専門家は優秀な経営者なのか
そもそもアスペンはアメリカで始まったわけですが、アメリカにおける戦後の経営者教育は、初期の段階、つまり経営があまり難しくない時代は、大学で一般教養を身につけた人がそのまま経営者になり、会社に入ってから経営に関するさまざまなテクニックを勉強していくというやり方でも十分でした。ところが経営が複雑化し難しくなってくると、それでは会社経営が成り立たなくなった。そこでプロの経営者が必要になり、ビジネススクールのニーズが高まりました。
ただ、そこはテクノクラート、つまり経営の専門家を養成するところで、経営者を育てるところでない。そのためそこで学んだ人たちが企業を経営するようになると、確かに経営のプロだから効率はいいけれど、経営者同士の競争が激しくなり、会社の雰囲気も殺伐としてきました。そうなれば従業員も居心地がよくない。そして社会全体からも、あいつら金儲けだけしか考えないで何をやっているんだ、という批判が出てくるようになります。
そういう状況の中で、テクノクラートでなくては経営をやっていけないけれど、真の経営者はプラスアルファとしてより深い教養を身につけなくてはいけないのではないかという反省が生まれ、アスペンがつくられたわけです。そしてそこでも、教養を身につけるためには考えること、そしてものごとの本質を見ることが大事だとされています。

いま、日本でも同じようにプロの経営者が苛烈な競争の中で利益を追い求めています。利益を上げるのは経営者として当然ですが、そこだけに凝り固まってしまう危険性を見抜いた小林さんが、日本のリーダーにも教養が必要だと日本アスペン研究所を立ち上げられた。それには私も心から賛同しております。
キャンプ・ニドムでもアスペン・セミナーでもそうですが、誰もが参加して帰ってくると心が洗われた気持ちになると言います。私はそれは非常にいいことで、その後の経営者としてのキャリアの中で必ずプラスになると思っています。
しかし、その効果はすぐに出るものではありません。技術教育はすぐに効果があらわれますが、教養教育というものは効果がじわじわと出てくるところがいいわけで、短期的な効果を追ってはならないのです。それを追い求めると、教育そのものに余裕がなくなってしまう。真面目にセミナーに参加すれば自然に人間に幅が出るようになるもので、それは気づかぬうちにいつの間にかあらわれるものだと思います。
だからセミナーに参加した翌週の会議のときにはもう人間が変わった、などというのは単なる思い込み。本当はまだ何も変わってはいないのです。
茂木友三郎(もぎゆうざぶろう)日本アスペン研究所諮問委員/キッコーマン株式会社取締役名誉会長・取締役会議長
1935年千葉県出身。58年慶應義塾大学法学部卒業後、キッコーマン㈱入社。61年米国コロンビア大学経営大学院卒業、日本人第一号のMBA取得。代表取締役社長CEO、代表取締役会長CEOなどを経て現職。(公財)日本生産性本部会長、令和国民会議(令和臨調)共同代表、日本アカデメイア共同塾頭、経済同友会終身幹事等も務める。99年藍綬褒章、18年文化功労者等。
※本記事は日本アスペン研究所が発行する会報「アスペン・フェロー」14号(2007年2月)より転載したものです。
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